浄土真宗のお坊さんが坊主頭ではなく髪がある理由

お坊さんってツルツルの丸坊主頭で、黒い衣を着ている姿をイメージする方が多いと思います。

丸坊主って言葉自体に坊主って言葉が含まれているので、昔から丸刈り頭の人がお坊さんというイメージだったのでしょう。

しかし、浄土真宗のお坊さんは必ずしも丸坊主ではありません。

お坊さんなのに丸坊主じゃなくても良いのかと思う人が多いのも事実です。

そこで本記事では、なぜ浄土真宗のお坊さんが丸坊主じゃなくても良いのかという理由について、浄土真宗のお坊さんが解説します。

この記事で解決する疑問
  • 浄土真宗のお坊さんに髪があるのはなんで?
  • お坊さんって丸坊主じゃなくても良いの?

初めに結論から言うと、浄土真宗のお坊さんが丸坊主にしなくても良いのにはきちんとした理由があります。

浄土真宗が在家のための仏教であり、戒律というものが無いからです。

詳しく解説していきます。

目次

浄土真宗は在家の仏教

お坊さんと一口に言っても、実は2種類あってそれぞれ以下の通りです。

  • 出家をする仏教
  • 在家のままの仏教

一つ目は、出家をして厳しい修行をするお坊さんです。

出家とは、その字の通り「家を出る」ということなのですが、家出とは違います。

出世間とも言われたりするように、世間での執着の象徴である仕事や財産、人間関係や家族すらもすべて捨て去って仏道一本で生きていくということです。

じゃあ仕事も財産も捨ててどうやって暮らしていくのかというと、出家をしたお坊さんは托鉢をして暮らしていきます。

托鉢とは、一般の人から金銭や食事の施しを受けることです。その施しによって生活をしていくのですね。

今でも一部地域では托鉢が行われていたりしていて、藁の笠を頭に被ったお坊さんが道端に立っているのを見たことがある人もいるかもしれません。また、日本以外の仏教が根付くアジアの国々では、仏道のために出家を行うということは一般的です。

出家をする意味は、執着の源である世間との繋がりを捨て去ることと、すべての身の回りのことをを他の人に任せ、自分自身の修行に集中するために行います。

このようなお坊さんが理想の姿なのかもしれませんが、誰もが出家できるかと言うとそういうわけにはいきませんよね。

果たして悟りを得るためにすべてを捨てるという決断を取ることができるでしょうか。

それに自分自身の悟りのためだけに家族や友人との関係を断つというのもなんか違う気がします。

そのような人のために、仏教の長い歴史の中で、在家のための仏教が見い出されてきたのです。

つまり、在家のままということは在家の生活をしながら仏教を聞いていくということになるので、髪を剃らなくて良いということになるのです。

浄土真宗のお坊さんは門徒さんと立場は一緒=戒律が無い

浄土真宗は在家の仏教ってのはわかったけど、浄土真宗以外のお坊さんは丸坊主にしているのはなんで?と思われる方もいるかもしれません。

浄土真宗以外の宗派のお坊さんが丸坊主にしているのは戒律があるからです。

戒律とは、あえて簡単に言えば、お坊さんが守らないといけない規律のことです。例えば、お酒を飲んではならないとか結婚してはいけないとかです。

戒律を破ってしまうと、破戒僧となってしまい最悪破門ということにもなってしまいます。

お坊さんは、このような厳しい戒律を守り、滝行や座禅なんかの厳しい修行を行って悟りを得て、門徒さんを救っていくというイメージがあるかもしれません。

しかし、浄土真宗のお坊さんの立場は、実は門徒さんと一緒なんです。

つまり、浄土真宗のお坊さんも仏教を一緒に学んでいく門徒の一人であり、お坊さんだからといって偉いという考え方は無いのです。(現実は勘違いして偉ぶっている僧侶の方もいますが・・・。)

戒律も守れない自分に気づく

浄土真宗の開祖は親鸞聖人という方です。

親鸞聖人は30歳まで比叡山というところで一般的に想像されるような修行を積んでいて、戒律も極力守ろうとしていました。

しかし、いくら修行をしても戒律を守っていても、煩悩という欲望が沸き起こってくる自分という姿に気づかれたんですね。

そして、そんな自分でも救われていく道を見つけられました。

そのため、その考え方を受け継ぐ浄土真宗では戒律が無いんですね。

浄土真宗でも髪を剃らなくてはならない得度式

浄土真宗のお坊さんが髪を剃らなくても良いと言いましたが、唯一例外があります。

必ず髪を剃らないといけない時が、お坊さんに成るための儀式である得度式を受ける時です。

この時だけは例外的に髪を剃ることになります。

なぜ剃るのかと言えば、お坊さんとしての自覚を促し、仏弟子としての新たなスタートを切るためです。

しかし上記の通り、浄土真宗には戒律がないので、得度式を受けてお坊さんに成った後は、髪を生やすか生やさないかはその人に委ねられることになります。

帰敬式の剃刀の儀

お坊さんは得度式を受ける時に実際に丸坊主にすることになりますが、一般の門徒さんも形式的に剃刀を当てる儀式があります。

それが帰敬式(ききょうしき)と呼ばれる儀式です。

帰敬式の内容や意味についてはここでは深く触れませんが、得度式と同じく仏弟子としての歩みを始めるために法名が授与され剃刀の儀ということが行われます。

実際には丸坊主にされることはありませんが、剃刀で髪を剃ってもらう動作を模倣することによって仏門に入ったことを表しているのですね。

熱心な人はちゃんと剃ってもらった方がいいんじゃないかと思われる方も時々いらっしゃいますが、形式的なもので大丈夫です。

なぜなら、仏弟子となった後自分がどのように仏教を聞いていくかということが重要なのであって、髪があるかないかは関係ないからです。

まとめ

浄土真宗のお坊さんが髪を剃っていない理由について解説しました。

浄土真宗は、在家の仏教であり戒律が無いというのがポイントですね。

お坊さんといっても門徒さんと立場は同じで、一緒に仏教を聞いていこうというスタンスです。

浄土真宗は他の宗派とは違った特徴をたくさん持っているので、比較してみると結構面白いかもしれません。

※本記事の内容について、できる限り正確な情報を提供するように努めておりますが、正確性を保証するものではありません。特に宗派や地域慣習によって大きく左右される事柄もございますし、個々人の宗教観によっても意見が違う場合も多々ございます。本記事の内容を参考にされる場合はあらかじめご注意ください。

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