仏教が説く苦しみから救われるための4つのプロセスとは?お坊さんが解説

仏教は今では葬儀のイメージが強く、よく誤解されていますが、仏教は「人生が苦しいのはなぜか?その苦しみから解放されるためにはどうしたらいいか?」を徹底的に考え抜いていった哲学的とも言える教えです。

本記事では、ブッダが解いた苦しみを無くすための4つのプロセスについて現役のお坊さんが解説します。

この記事で解決する疑問
  • 苦しみは無くすことができるの?
  • 苦しみを無くす方法が知りたい
  • ブッダが説いた内容を知りたい

仏教の開祖ブッダは悟りを開いた後、元々同じ苦行を行っていた仲間5人に最初の説法を行いました。

実はその内容が、仏教の教えの根幹である苦しみを無くす方法なのです。

詳しく解説していきます。

目次

ブッダが説いた苦しみを無くす4つのプロセス

まずは簡単にブッダが最初に教えを説いたエピソードをご紹介します。

ブッダの元々の苦行仲間5人は、ブッダのことを苦行を辞めて堕落したどうしようもないヤツだと思っていました。

だから、もし会っても無視しようぜと仲間内で決めていたそうです。

ブッダはそのような仲間の元へ赴き、最初の教えを説こうとしました。

しかし、実際に会った5人はブッダの顔を見た瞬間、思わず立ち上がって「友よ」と呼びかけたらしいです。

さっきまで無視しようぜと言っていたのに見事な手の平返しですが、このように伝えられています。

もちろんこれは仏伝なので、本当は真理を説くことを通して5人がブッダのことを見直したというところが正直なところだと思います。

いずれにしても、この出来事がなければ、仏教が今日まで伝わることはなかったでしょう。

それくらい大事な最初の説法のことを「初転法輪」といいます。

4つのプロセス=四聖諦という4つの真理

ブッダが最初に説いたのは、苦しみを無くすための4つの真理と経典で伝えられています。

一般的には「四聖諦(ししょうたい)」または「四諦(したい)」と呼ばれています。

「諦」は現代語では「諦める」といったように使われますが、仏教では「諦」は「本当にあるもの」という意味で、真理のことを指します。

ですから、「四つの聖なる真理」「四つの真理」という意味になります。

四聖諦の具体的な内容は以下の通りです。

  • 苦諦(くたい)・・・苦についての真理
  • 集諦(じったい)・・・苦の原因についての真理
  • 滅諦(めったい)・・・苦が消滅した世界についての真理
  • 道諦(どうたい)・・・苦を無くす方法についての真理

漢字ばかりでなんだか難しそうと思われる方もいるかもしれませんが、言っていることは非常にシンプルです。

簡単にまとめると以下のとおりです。

  • 苦とは何か?
  • 苦が起こる原因は?
  • 苦が無くなった先には何がある?
  • じゃあ苦を無くすためにはどうすればいいの?

とってもシンプルですよね。

こうしてみると四聖諦は苦から解放されるための方法論を表していることがわかります。

苦諦(苦についての真理)

苦諦では「苦」がどういったものかを表していて、一般的には「四苦八苦」ということを聞いたことがある方も多いんじゃないでしょうか。

四苦八苦は生老病死の基本的な四苦と細かく分けていった怨憎会苦(おんぞうえく)・愛別離苦(あいべつりく)・求不得苦(ぐふとくく)・五取蘊苦(ごしゅうんく)の合計八苦で構成されています。

具体的な苦のあり方を説いたものです。詳しい内容については別記事にまとめてありますので、参考にしてください。

これら四苦八苦は、人間が生きる上で避けることができません。

避けることができないのはわかっていても、苦を避けようとしているのが人間です。

つまり「思い通りにできないのに、思い通りにしようとしている」ということです。

実は苦の本質は「思い通りにできない」ということなんですね。

この苦の本質については「仏教が説く3種類の苦しみ」でも解説しています。

仏教では「苦しみの根本は思い通りにしたいと思う自分の心である」ということをまず知ることが初めの一歩だと説いています。

なぜなら苦がなんであるか知らなければ、なぜ自分が苦しんでいるかわからないからです。

さらに苦を正しく知れば避けようがないけれども、受け入れることができるようになるからです。

人は知らないものに恐怖を抱きます。苦も正しく知ることができれば極端に恐ることがなくなります。

だから、まず仏教ではまず「苦とは何か?」を説明しようとするのです。

集諦(苦の原因についての真理)

苦にどういったものであるかを知ることができたら、次はその苦が起こってくるの原因は知る段階に移ります。

結論から言えば、仏教では苦しみの原因は渇愛であると説いています。

渇愛とは、平たく言えば欲望のことです。何かを求めずにはいられない心のありさまです。

人間は愛欲・物欲にとどまらず地位や名誉・境遇に対しても欲望が湧き出てきます。

逆に手に入らなければ、それらを持っている他の人を妬む心が生まれてきます。

苦は「思い通りにできない」ということですが、思い通りにできないことを思い通りにしようとして「なんで思い通りにならないんだ!」と苦しむことになるのです。

欲望に振り回されているから、苦が起こってくるとブッダは言うんですね。

滅諦(苦が消滅した世界についての真理)

次に滅諦は、渇愛がなくなったときどうなるかを表した真理です。

要は渇愛が無くなったらどうなるか?ということを考えるということです。ゴールを設定するとも言えます。

欲望が無くなった世界を、仏教では涅槃(ねはん)と言います。

涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)という言葉を聞いたことがある方も多いんじゃないでしょうか。

寂静とは、静まり返っているということです。何がと言えば欲望が静まり返っています。

その欲望が無くなった理想の世界を滅諦では表しています。要は先にゴールを見せるということです。

目指すべき目標といっていいかもしれません。

ゴールや終着点が何なのかわからなければ、ただ漠然と歩き続けることになってしまうからです。

道諦(苦を無くす方法についての真理)

ゴールがわかったら、次はそのゴールへ至る方法を考えなければなりません。

道諦では、ゴールへ至る方法を説いています。苦しみを無くすための方法です。

苦を滅するための方法として以下の8つが説かれています。

  • 正見・・・苦をありのままに知り、苦の原因を知ること
  • 正思・・・苦を無くすための意志を持つこと
  • 正語・・・苦を無くすための正しい言葉を聞くこと
  • 正業・・・苦を無くすための正しい行いをすること
  • 正命・・・苦を無くすための正しい生き方をすること
  • 正精進・・・苦を無くすことができると信じて歩みだす心を持つこと
  • 正念・・・苦が苦であるということを忘れないこと
  • 正定・・・心を一つに定めて集中し、深く思惟すること

内容については、宗派によって諸説あったりますが、これらを仏教では8つの正しい道と書いて八正道としています。この八正道を実際に実践すれば、苦を無くすことができるとブッダは説いています。

まとめ

ブッダが説かれた4つの真理を順を追って見てきました。

最後の道諦に説かれる八正道については、おそらく現代で正しく実践できる人はいないのではないでしょうか

なぜならブッダが実際にいた時代から2500年経った時代は末法の時代だからです。

仏教では、末法の時代に正しく修行を実践し悟る人はいないとブッダ自身が言っています。

では、現代では苦しみから解放される方法はないのか?と言うとそんなことはありません。

真理が変わることはありませんが、それに至る方法は様々です。

そのことについては、また別の記事でまとめたいと思います。

※本記事の内容について、できる限り正確な情報を提供するように努めておりますが、正確性を保証するものではありません。特に宗派や地域慣習によって大きく左右される事柄もございますし、個々人の宗教観によっても意見が違う場合も多々ございます。本記事の内容を参考にされる場合はあらかじめご注意ください。

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